FC2ブログ

【自分がよく考えて選んだ道が正しい】


人生とは苦しく辛いものであります。

そんなことは誰でもわかってはいるのですが、
なかなかそこから脱することができないわけです。

人生における苦。
それは、仏教界のなかでは「思い通りにはいかないこと」
と定義されています。

そうなんです。人生とは思い通りにいかないことばかりなのです。

だから人間は、楽しい人生を送りたいと思うのでしょうし、
前向きに生きていこうと努力するのでしょう。


前向きに生きる。それは素晴らしいことです。

しかしながら、人間とはもともとネガティブな生き物だと
思うのですね。

放っておくと悪いことを考え、そちらの方向へと進みがちに
なります。

でも、私は考え方がネガティブだっていいと思います。

ネガティブだからこそ生きることに慎重になりますし、
辛いのに無理してポジティブな考え方をしなくてもいいのです。


光明というのがあります。

暗闇を照らし出す明るい光、ということです。

私が考える光明とは、苦しみ続けもうどうしようもなくなり
そういう状態のなかで差し込んでくる光だと思っています。

光明が見えてこそ人は前に進むことができます。

人生とは苦しいもの。そういう現実を覚悟し、
苦しみ抜いた末に新しい道というのが開けてくる。

私はそう考えています。


前から私は言っていますが、
人間にとって正しい道などありません。

世の中で正しいとされる道は、結局正しくないことが多いです。

道とは自分自身で決めていくもの。

自分はどう生きていくか。
そのことをよく考えて自分なりの道を選択していく。

そうやって、自分が正しいと思った道こそが正しいのだと思います。


私は、昨年の10月に早期リタイアを決断しました。

体の状態が非常に悪いということもありましたが、
もう我慢して働くことから逃れてもいいのではないか?

そう思って決断しました。

早期リタイアしたらどうなるのだろう?
そう思われている方もおられるでしょう。

私としては、刺激はないですが毎日楽しく過ごせています。

なにもしないということは、完全な自由です。
そして今、私を束縛するものなどないのであります。

自由であること。それは、人間にとって一番大切な権利です。

いろんな国でデモや反政府運動が勃発していますが、
これらはすべて自由という権利を取得するために
行動しているのだと考えます。


私の考えが正しいとは思っていません。
何故なら、人間が進む道とはたくさんあるからです。

ただ、嫌だと思うことは絶対にしない。
そして、自由というものを求めていく。

今私は、その生き方で十分だ。
そう考えている次第です。


≪今回の1曲≫
エンニオ・モリコーネ。私が好きなイタリアの作曲家です。
先日91歳で亡くなりました。ご冥福をお祈りいたします。

エンニオ・モリコーネ 作曲で、『Once Upon A Time In America』 です。




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト



【1年断酒継続を達成しました】


今日は7月12日。

昨年の同じ日に断酒を始めたので、今日で断酒継続1年になります。

長かったです。

絶対私は断酒1年を達成できずにあの世にいくんだろうな。
そう考えていました。

今回の断酒にあたり、私は自助会(AAや断酒会)に一切頼らずに
断酒を続けました。

自助会に頼りたい気持ちはあったのですが、
昔にAAとは喧嘩をしてもう入会できないし、私の住む群馬の断酒会は
まったくその目的が機能されていない組織だったので
頼ることができませんでした。

ただ一つ、私が断酒を継続して生き続けるために決断したことが
あります。

それは、昨年の10月に決断した早期リタイアです。

私の性格上、自分というのを否定されるとものすごい怒りを感じ、
非常なるストレスを抱えてしまいます。

今まで何年もそのことが原因で断酒できず酒を飲んで
しまっていたのです。

しかし、もはや私の体はボロボロの状態となり、
これ以上の再飲酒は命に係わると判断し、
働くのをやめたのです。

つまり、

私は、働くよりも生き続ける方を選択したわけであります。


アルコール依存症者で断酒ができずに酒を飲み続けた人の
平均寿命は52歳と言われています。

それほどアルコール依存症による死亡率は高いのです。

アルコールを大量に摂取し続けると段々精神が病んでいきます。
しかし、そこで断酒できればいいのですが中々そううまくはいきません。

精神が病んでいくうちに段々酒に逃げる傾向が強くなり、
そして段々と内臓が壊れていきます。

肝臓を始め、すい臓・腎臓などがダメになっていくのです。

私は急性すい炎を40代の時4回経験しています。

なので、今すい臓はほとんど機能していません。

すい臓とは血糖値を調整するインスリンを分泌する臓器ですが、
その臓器が機能していないのですから重度の糖尿病となります。

自分の体がそこまで悪くなり、もう酒飲み続けると命はないな。
そこでやっと気づくのです。

アホです。アルコール依存症というのはほんとアホがなる病気です。

しかし、アホはアホなりにアホのまま死ぬわけにはいかなかった。

どうしても、酒が原因で命を落とすことだけは避けたかったのです。


まぁ、そういう気持ちが自分にとっての底付きとなり、
今回危ない時も多々ありましたが、
なんとか運よく1年断酒を継続することができました。

このことは、よくやったと自分を褒めてあげようと思います。

しかしながら、アルコール依存症者は生涯断酒を続けないと
いけません。

なので、この1年断酒というのも通過点でしかありません。

でも、ここまで頑張って断酒して生きてきたのだ。
だから、今後も断酒を継続していこう。
そして、生き続けよう。

そう思い、また今日から1日1日断酒を続け、
今度は2年断酒を達成しようと思います。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【あと9日で、断酒1年になります】


今日は、大切なことを言いたいと思います。

私は、記事ではあまり書いていませんが、
アルコール依存症です。

それで、40歳代はほんと苦労しました。

しかし、

昨年の7月12日に断酒を開始して再飲酒することなく、
今日7月4日を迎えております。

ということは、

あと、今日をいれて9日経つと、
なんと断酒1年となるわけです。

アルコール依存症で断酒継続が1年というのは、
患者としては夢のまた夢なのであります。


私が早期リタイアした理由の一つに、
この断酒を継続するということもありました。

やはり、働くとなるとすごいストレスがかかるわけです。

ですから、働きながら断酒を続けるのは容易ではないのです。


私は、今度再飲酒したら命の保証がありません。

飲んだくれてそのままあの世に召される。

そういったことも十分あるわけです。

しかし、

私は、酒なんかで死にたくはない。

きちんと寿命で死にたいのです。


別に、今後生きていてなにかを成したいという夢もありません。

しかし、

人は死んだら終わりなのです。

前にも書きましたが、私が早くに死んだなら妻を独りに
させてしまいます。

そういうことだけは、どうしても避けなければなりません。

生き続けてこそ人生に意味がある。

だから、

私は今後も断酒を続けていくのです。


私は体に基礎疾患があるために、
コロナが発生してから妻と1回も外食に行っていません。

しかし、

7月12日に断酒継続1年を迎えられたなら、
ほんと久しぶりに外食でお祝いしようと思います。

回転寿司?

いやいや、当然回らない寿司屋でしょう。


あと9日、頑張って断酒を続けようと思います。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【いつ死んでも構わないのだが、まだ残されたものがある】


最近、胃の状態が悪くちょっと鬱気味というのもあり、
調子を崩していました。

でも今日、完璧ではないですが少し状態が良いので
久しぶりに記事を更新します。


ちょっと重い話になって恐縮ですが、
私は夜就寝前にいつもこのことを考えます。

『あぁ、もうこのまま寝て目覚めなければいいな』

と。

人生においては失敗と挫折だらけでした。
そして、40代では酒に溺れ体をかなり壊してしまいました。

もうこの体では働けない。
そう思って昨年の10月に早期リタイアを決断しました。

前回の記事でも書きましたが、
仕事をやめて精神状態はいいですし、生活も安定しています。

しかしです。

もはや私には、夢や目標などなぜ生きていくかという意味が
ないのです。

なので、別に長く生きる必要はない。
死んでも誰にも迷惑をかけるわけでもない。

そう考えると、つい寝る前に自分の人生を終わらせたくなるのです。


ただ一つだけ、死ぬには心に残ることがあります。

それは。妻の存在です。

妻は私の最悪の40代の10年間、献身的に私を支えてくれました。

もうどうしようもないという状態になっても逃げずにいてくれました。

これに対する感謝というのは尋常ではなく、人に説明できることでは
ありません。

その妻を残して自分だけ死んでいいのか?

妻は確かに優秀な女性ですが、私が死んだことで
孤独になってしまわないか?

そこだけが気がかりなのです。


もはや、いつ人生を終わらせって構わない。

しかし、残した妻はどうなるのか?

そう考えると、体も治し生き続けるしかないのかな?

そう思ったりします。


『人間とは苦なる存在である』

そう釈迦は説きましたが、その言葉が本当に身に染みる
私なのであります。


【追記】
私はしばらく、これから自分は何のために生きるのか。
で悩んでいましたが、答えがようやく出ました。
それは、早く逝って妻を独りにしないこと。
そして、妻は目がよくありません。
もしもの時に、私が彼女の目とならなければならない。
そのために生き続けようと思います。



≪今回の1曲≫
映画:ニュー・シネマ・パラダイスのサウンドトラックです。




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【欲望をなくしていくというのも人の道】


私は、昨年の10月に早期リタイアを決断しました。

なら、今どういう状態かと言うと、

精神的にはまったくのノンストレスですごくいい状態。

なにも刺激はないが、生活としては毎日すごく安定している。

なのであります。

まぁ、仕事もしていないのですから、買い物以外に外出する
ことはほぼなく、毎日が自粛生活になっております。

そうなっていくと人間ってどうなるのか?

ですが、

私の場合では、段々物欲というものがなくなってくるのです。

あんな物が欲しい。もっといい生活をしたい。

そういう気持ちが段々薄れていく。

先週、国からいただく10万円の給付金が振込まれました。

私は、何日かいったいなにに使おうか?

そう思い悩んだのですが、結局今自分が欲しいものなんて
なにもないという結論にいたりました。

なので、10万円すべてを妻に渡し「生活費にでも使って!」
ということになってしまったのです。


物欲(欲望)がなくなる。

これは、段々人間的に枯れていっているのでは?
とも思うのですが、人間が生きる道としてはいいように思えます。

人間、欲があるから苦悩というものが生まれる。

欲があるから倫理的に間違ったことをしてしまう。

結局、欲望(煩悩)なんてない方がいいのです。


ここ何日が私自身考えていましたが、
やはり究極の人間に生き方は無為自然のような気がしてきました。

ことさらなにかをするのでなく、自然のあるままに生きていく。

これは老子が最も大事にしていたことですが、
どうやら今の自分はその域に入ってきたような気がするのです。

別に毎日に刺激があるというわけではないが、
毎日が普通に淡々と流れていく。

欲望があるわけでもなく、当然犯罪などを犯すこともない。

それでいいのかもしれない。
そう考え始めてきた私であります。


≪今回の1曲≫
マイルス・デイヴィス で、『 Smoke gets in your eyes 』 です。




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【人間は、情報過多にならずにもっと考えることが大事】


今、このブログを続けていくかどうかを思案中ですが、
一つだけ思うことがあるので書きます。



今の世の中は情報社会です。

昔からのTVや新聞だけでなく、ネットを開けばどんな情報だって
得ることができます。

特にツイッターなどは、世の中の裏などを書いていることが多く、
その情報というものの多さは計り知れないものであります。

しかし、

私が最近思うこと。

それは、

ただ情報だけをたくさん取り入れるのではなく、
人間はある程度で情報収集をやめて
考え思考することが大事なのではないか。


ということです。

情報を得るというのは、言ってみれば受動的な行為です。

しかし、その情報を受け取って自分なりにどう思い
どう考えるのか?そういう思考時間が必要だと思うのです。

思考すること。それこそが情報をうまく活用することであり、
人間的には能動的な行為だと言えるのです。


以前はかなりありましたクイズ番組。
少し停滞気味でしたが、また最近増えています。

東大王と称し、知識が豊富な人が番組に出演し
クイズ番組を作っていく。

確かに、東大に入学する人はそれだけではないのでしょうが、
あの東大王のようなクイズ番組で披露しているのは、
教養ではなく知識の多さのみだと思うのです。

東大に入学できる人はそりゃ記憶力がいいはずです。
そして、今の日本の受験というのは記憶力が優れた人であれば
ほぼ解ける問題ばかり。

どんな難解な問題でも、「どこかで解いた経験がある」というところから
答えを導き出して解いていく。

だから、今の東大というのは記憶力が非常に優れている人の
集団なのです。


話はそれましたが、私が何を言いたいのか。

それは、与えられた知識を駆使しながら自らが考え、
自分の思想や新しい哲学などを生み出してこそ
知識は教養になっていくということなのであります。

前に戻りますが、スマホやPCでどれだけ情報を持っていても
そんなの自慢できることではありません。

AIではなく人間にしかできないこと。

それは、

知識を活かして新しいものを創るという行為です。


情報は多い方がいいです。

しかし、

多すぎてそれを考えることもなく知識として持っているだけなら、
AIやコンピューターの方がずっと優れています。

少ない情報でもそこから物事を考え新たなものを生み出す。

それこそが人間に与えられた最高の英知なのです。



そういう私も、ここ最近情報過多なところがありました。

情報をたくさん得てものごとをよく知っている。

それで優越感に浸っている節がありました。

しかし、情報とはあるところで得るのを止めることが大事。
そのことの気付いた次第。

これからは、情報は選択しながら収集し、
もっと考える時間を増やしていこうと思います。


≪今回の1曲≫
エルヴィス・コステロ&チェット・ベイカーで、『 You Don't Know What
Love Is
』です。




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【そろそろ、このブログも幕を閉じようかな】


なんだか、毎日があまり楽しくない。

TVを見ていてもなにも面白くない。
ツイッターをしても、結局他人の悪口ばかりで嫌になる。
ブログも昔のように多くの方に見られているわけでもないようだ。

私はブログを始めて今年で10年目になる。

しかし、どうしても書けないものがある。

それは、日記と称した日常の生活のたぐい。

・こんなものを食べた。
・睡眠の状態はこうで、もう少し睡眠時間をとりたい
・なにか映画を見た感想
・家族の話

ブログってそういうものを書くのが一般的なんだろうが、
私はそういうことを書き始めると手が止まる。

自分の日々の生活を書いてもなにも面白くないのだ。

これは別に信念でもなんでもなく、ただ自分には書けない
というだけ。

私が書くブログの記事のカテゴリーとは、
人生や生き方についてのことや思想がほとんど。

しかし、

そんな人の生き方や思想など見たいとも思わないのだろう。

そういう気がする。


特にブログをやめる必要もないが、あまり評価されないのであれば
ブログを続けるモチベーションというのも段々下がってくる。

10年やったのだからもういいかな?

そういう気持ちになる時がある。

そうであってもずっと見ていただいてる方もおられる。

そういう方に対してはとても感謝する次第。

なので、ブログをやめる時はきちんとやめることを告げて
幕を閉じようと考えている。


今回の1曲として曲の紹介もしているが、
これに対してなにかを言われたこともあまりない。

自己満足だけでだれも関心がないのなら、
これももうやめようか。という気持ちになっている。


いろいろ書いたが、そろそろブログもやめようか。
この頃そう思っている次第。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【これから自分は何のために生きていくか】


前回の記事からの続きになりますが、

私が今思い悩んでいること。

それは、

『これから自分は何のために生きていくか』

ということになりますが、当然ながらまだ答えは出ていません。

生きていることに対してその意味を考えるのは
あまりよくはないですが、早期リタイアして時間がたっぷりあると
どうしてもそれを考えてしまいます。

ただ私は、趣味を持つとかなにか新しいことを始める。
そういうことで生き甲斐を見つけようとは思っていません。

どっちかというと、今の自分の生活はキープしながらも、
心の中は充実させたいという気持ちが強いです。

つまりは、今の生活状態を思想的や哲学的に
肯定する何かが欲しい。

ということになります。


例えば、老子が言った言葉で有名なものがあります。

それは、

『無為自然』

です。

作為がなく自然のままであること。
ことさらに知や欲をはたらかせず、自然に生きることがよい。


ということになります。

つまりは、なにかをするとかということではなく、
自然のままに普通に生きていく。
食べることや寝ることなど生きることに必要なことはするが、
それ以外は特になにかを決めて生きるということではない。

ということだと思っています。

これとは反対に、釈迦(ブッダ)が求めた人間の生き方。

それは、

『自己鍛錬を積み修行をして悟りをひらく』

ですが、

これは少し難しくなります。

ブッダは悟りをひらくには八正道というものが大事で、
それを守りながら自己鍛錬を積むといいと言っています。

八正道とは、

正見(立場)
正思(思想)
正語(言論)
正業(ごう)(行為)
正命(生活)
正精進(しょうじん)(努力)
正念(精神)
正定(三昧(さんまい))


の8種類のことをいい、これを努めて自己鍛錬をすれば
涅槃(ねはん)に至ると言っています。


涅槃に至るとは、

究極的目標である永遠の平和,最高の喜び,安楽の世界を
得ることで、つまりは悟りの境地となります。


悟りをひらけるかどうかというのは別にして、
人間が最高の人生を送って死んでいくには、
この方法が正しいのではないか?とは思っています。

しかし、これはあまりにも難しい。

かなり仏教のことを勉強していかねばならないし、
生活にも煩悩などなく慎んだ生き方が求められます。

ただ、最終的にいい死に方をするにはやってみる価値はある
と考えます。


私は最終的には、逝くときに死にきりたいと思っています。

死にきるとは、死ぬ前になってなにも後悔することなく
恨みや憎しみのない状態で安らかに死んでいく。


ということですが、

死にきるためには、十分に生ききらなければいけない。

そう考えています。

生ききる。私は最近この言葉をずっと考えていますが、
現世のなかで十分に生きてなにももう望むことはない。

そういう状態のことを言います。

結局のところは、

『なんのために生きていくのか』

ということの答えは、

『どう生ききって、いかに死にきるか』

ということではないでしょうか。


まだまだ答えは見つかりません。
でも、時間はたっぷりあるので色々考えてみようと思います。


≪今回の1曲≫
エルヴィス・コステロ で、『 Sparkling Day 』 です。




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【これから私はどうやって生きていくか】


最近、少々精神状態が混沌としている。

私は、自分の体の状態や年齢のこと。
そういうことを総合的に判断して昨年の10月に早期リタイアした。

私は性格的に、なにも言わず黙って言われる通りの仕事をする
ということができなかった。

理不尽なことは理不尽であると言ってきたし、
おかしいということはおかしいじゃないかと言ってきた。

しかし、

そういう人間というのは、企業に属するものとしては嫌われる。

そして、上司からは煙たがれて心象をを悪くしてしまう。

私は、サラリーマンとしては失格の人間だった。

もっと違うカテゴリーの職業に就くべきだったし、
それの方が人生うまくいったであろうと思う。

しかしながら、それを今思ってもどうしようもない。

人間は過去には戻れないからだ。

ならば、これから自分はどう生きていくか?
というのが問題になってくる。

人というのは夢や目標があってそれに向かって進んでいる
時は考えないが、今の私のように夢や目標さらに人生の目的すら
無くしてしまった人間は、これからどうして生きていったらいいのか?

そういうとことに悩みを感じる。

なんのために生きるのか。
なぜ長く生きようとするのか。

そういうことが今わからなくなっている。


毎日同じ生活を繰り返し、ストレスはないが刺激もない。

そういう生き方も人の道であろうが、
やはりそれだけでは満足いかない。

たいしたことのない私であるが、
誰かのためになりたい。社会に貢献したい。

そういう気持ちはまだ残っているのである。

以前の記事にも書いたが、

人間は、ただ生きているというだけでも素晴らしい存在

ではある。

しかし、

ただ1日無為に生きることに満足しながら生きていく
というのもなかなか難しいものであるのだ。


今私は、そのようなことを思いながら淡々と生きている。

だが、生きている以上はなにかそれに見合うような意味を持ちたい。

人生とはほんと難しいものだとつくづく感じる次第である。


≪今回の1曲≫
ザ・ビートルズ で、『 The Long And Winding Road 』 です。




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【日本はあと数年経てば、中韓によって実行支配される】


コロナによる緊急事態宣言は解除された。

しかし、これからも何度かクラスターは発生するはず。

一番恐れなければいけないのは秋以降の第二波である。

しかし、

今TVの報道番組や情報番組を見ても、
まだほとんどの時間をコロナ関係のことで時間を割いている。

第二波に向けてどうするべきか?
陽性率はいったいどれくらいで、抗体検査をしなければ
いけない。

そんなことはわかりきったことだ。

第二波は来るだろうが、今から恐れて毎日国民の不安を
煽る報道をして一体なんになるのか?


世の中は刻々と変化している。

もう第一波を終えた今、報道番組で流すことや議論することは
コロナから変えるべき。

昨日の時点で中国からの軍船が尖閣諸島領内に入って
連続50日を超えた。

中国は本気で尖閣諸島を乗っ取ろうとしている。

しかし、これについてなにもTVは報道しないし、
政府も遺憾砲だけでなんの対応もしない。

今危ないのは尖閣諸島だけではない。

もはや沖縄にはプロ活動家が多く入り、
辺野古基地反対と称し沖縄を占領しようと企んでいる。

また、北海道はかなり悲惨な状態。

中国が北海道内の土地をかなり多く買い占めており、
釧路とかの学校ではもはや中国語を学校で教えているという。

九州もそうだ。

九州のどこかの高校の入学式を動画で見たが、
生徒が約110人ぐらいの中で中国人留学生は80人で
日本人は30人というありさま。

また、中国の国歌も演奏されていた。

もはや、中国による日本侵略は着々と進んでいる。

そんな馬鹿な!と思っているのなら貴方は相当な平和ボケである。


10数年前から在日韓国人が日本に多く入ってきて、
それに対する懸念もあった。

しかし、政府はなにも対応しなかった。

それが今ではどうだろう。

日本国籍を持たない在日韓国人の数はもう調査できない。

また、帰化して日本国籍を有する在日の韓国人も多くいる。

さらには、日本名(通名)で立候補しているのでわからないが、
帰化した韓国人の国会議員の数も相当だ。

これは何を意味するのか?

それは、もはや日本は韓国(朝鮮)人による実効支配内に
いるということ。

外国人には法律的に生活保護は支給されない。

しかし、実際には在日韓国人の生活保護受給はすごい数に
なっている。

何故そんなことが起こるのか?

それは、公務員でもかなり在日韓国人がいるからである。


この韓国人による日本の実効支配が今度は中国に
移り変わることであろう。

ということは、日本は韓国と中国によって実質実効支配
されることになる。

もう、日本人のための日本ではないし、
日本を日本人が守るという時期はすぎてしまった。

コロナ後に日本はアメリカをとるか、中国をとるか、
どちらかを選択しなければいけないという話がある。

しかし、もはや今の日本では中国との関係を切ることは
不可能。

政治家は中国と癒着して利権を肥やしている。

また、先程申した通り北海道などの領土は実質
中国のものとなっている。

こんな状況で脱中国化を進められるはずもない。


日本人は日本を守らなければならない。

そういうことがネットでよく言われるが、
私の見解ではもう遅い。

もはや、日本という国は日本人のためのものでなくなった。

あと数年もすれば、中韓による実効支配される国に
なることだろう。

遅かった。しかし、もうどうしようもない。

日本人である我々は、日本の伝統や文化・歴史だけは
守ろうではないか。

そこまで無くされたら、本当に日本は終わってしまうことだろう。


≪今回の1曲≫
スティング で、『 Every Breath you Take 』 です。




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【日本のツイッターという媒体は無法地帯である】


この世の中、SNSというものなしでは成立しなくなってしまった。

SNSといっても色々あるが、主はやはりツイッターだろう。

私もツイッターはやっているが、ツイッターというのは
つくづく恐い媒体だと感じる。

女子プロレスラーの木村花さん(22)が、
ツイッターによる誹謗中傷が原因と思われることで亡くなった。

公には公表されていないが、おそらく自殺であっただろう。

彼女はTVでテラスハウスという番組に出演していたという。
私はその番組を見ていないのでどうして誹謗中傷の的に
なったのかはわからないが、ネット上ではかなり叩かれていたようだ。

若い人が自殺で亡くなるのは、あまりにも痛々しい。

どんな精神状態であったのかと思うと、非常に悲しくなる。


はっきり言って、今のツイッターというのは無法地帯だ。

特に、政治的な発言をしたりなにか気にくわないことがあると、
人を徹底的に誹謗中傷し叩きまくる。

バカ・死ね・頭おかしいなどの言葉は日常茶飯事で、
今の芸能人や有名人はTVなどの発言にはよほど注意しないと
とんでもないバッシングにあってしまう。

また、その誹謗中傷は拡散拡散され、いろんな人が見ることになり、
その見た人がまた誹謗中傷するという負の連鎖が続き
収集がつかなくなる。

日本では言論の自由が変なふうに守られているため、
その誹謗中傷の的は日本の代表である安倍首相にまで及ぶ。

毎日毎日安倍首相は政策や行動などを批判されている。

多分安倍首相はツイッターなどは見ていないだろうが、
普通、国の代表である政治家をあそこまでコケにするというのは
あまり考えられない。


私もツイッター上で政治的な発言をすることがある。

しかし、その発言が誰かの気にくわないことだとすると、
批判のコメントというのがたくさん来ることになる。

その批判の手法はすごく陰湿でとてもしつこい。

頭おかしんじゃないの!とかいう言葉なんて簡単に飛んでくる。

批判や意見の食い違いならまだいい。

しかし、人の人格を否定するような言葉というのは、
やはり避けるべきかと私は考える。


政府もツイッター上の誹謗中傷に対し、あまりにもひどいものには
規制をかけようという動きがある。

私は当然だと思う。

中国のような一党独裁国家で言論の自由がまったくなく、
中共の批判をしたら逮捕されるというところまでいったらいけない。

しかし、

批判でなく、もはや人格を否定するような誹謗中傷が特定の人に
たくさん向けられたなら、それは規制の対象になるべきだろう。


日本という国はあまりにも自由という権利が保障されているため、
言論の自由というのをはき違えている人間が多い。

言論の自由とは何を言ってもいいというものではない。
一定のルールとマナーは当然守られてこその自由なのである。

政府もどのような形でツイッター上の発言に規制をかけるかは
わからないが、そろそろ無法地帯である媒体には規制をかける
ことにならざるを得ないだろう。

言論の自由というのはとても大切な権利ではあるが、
結局日本人はその大事な権利を自分たちで首を絞めることに
なってしまうということになるかもしれない。

非常に情けないことであると私は思う。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【人生とは、諦めて捨ててから始まることもある】


人間って、なにかを持っていてそれを失うかもしれない。
そう思う時に不安になるものである。


仕事や金、地位や名誉もそれに当たるだろう。

また、夢や目標なんかもその一つに挙げられるかもしれない。

でも、そういう物って死んでいく時にあの世に
持っていけないのですね。

いつかは手放さなければいけない。

そういう物なら、いっそ早く捨ててしまった方がいい。

いつまで経っても成し遂げられない夢。
何故成せないのだろう。自分のなにが悪いのか?

そういうことをひたすら悩む時がある。

そういう必要のない夢なら、いっそ諦めて捨ててしまった方が
ずっと楽になる。

若い頃、私も夢や希望をもって生きていた。

それはそれで、若い頃なら当然だろう。

しかし、

老いてきたなら、そういうものを諦めて捨てていく。

そういう作業も大切だ。

実際、老いてくると病気にもなり若い頃のような体力や気力、
そういうものはどんどん衰退していく。

人間の生き方も、今の自分の状態を見定めながら
変えていくことが大事。


いつまで経っても若い頃の気持ちになり、
「まだまだ若い者には負けん」
そういう愚かな爺にはなりたくないものだ。

人間には順番というものがある。

だから、老いたら早く若者に譲るという潔さが必要。

人生とは、諦めて捨ててから始まることもあるのである。


私がリタイアしてよく思うこと。

それは、

「あぁ、生きているって素晴らしいな」

ということである。

この思いは、現役世代に感じたことはなかった。

そりゃそうだ。

現役世代は、目の前のことを処理することで精一杯。

自分が生きていることなんて考える余裕がない。

しかし、

すべてを捨ててしまって今生きることに感謝する。

それ自体素晴らしいことだと今は思える。


コロナ後に日本人がきちんと一人一人持つべきものがあると
私は思っている。

それは、

死生観 である。

日本人というのは特定の宗教を持っていない人が多い。

宗教とはいろいろなことを教えてくれるが、
一番大事なのはこの死生観をどう持つかということだと思う。

人はどう生きるべきか。そして、どうやって死んでいくか。
また、死んだらどうなるのか。

そういう死生観をきちんと持っていると人間は強くなる。

私も無宗教である。

しかし、これといった宗教に帰依していないからこそ
独自の死生観というのが必要になってくる。

人は必ず死ぬ。すべての人は死という病のキャリアを持って
生きている存在なのだ。


だから、死というものに対し自分なりにきちんとした思想を
持っていた方がいいと思っている。


人間は、現世でどう生きるかということも大切。

しかしもう一つ、

どうやって死んでいくか。

そのことを考えるのも大切なことではないかと私は思うのである。


≪今回の1曲≫
ザ・ドアーズ で、『 People Are Strange 』 です。




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【早期リタイアして7ケ月。今私が思うこと】


私が昨年の10月に仕事を辞めて早期リタイアしてから、
もう7ケ月が過ぎた。

引きこもりの定義とは、仕事をする活動をしないで
6ケ月以上家に居ることだから、私はその条件を
満たすことになる。

コロナ前は引きこもり者というのは肩身の狭い
立場にあった。

なにも生産的な活動をしないで納税もたいしてしていない。
働くこともしないでずっと家に居る。

社会の目は厳しい。

そういう引きこもり者は人間失格のような感じで見られ、
無能な人間とされる。

しかしだ。

引きこもり者が一体誰に迷惑をかけているというのか?

他者とのつながりも少なく、別に犯罪を犯しているわけでもない。

社会は引きこもり者をどうにかしなければいけないと言うが、
はっきり言って大きなお世話なのである。

人間の生き方は人それぞれであり、正解などない。

自分がそれでいいと思っているなら、生き方というのは
それで正解となる。

他人からとやかく言われる筋合いはない。

自分が正しいという道を進めばそれでいいのである。


私が早期リタイアを決断したのは、別に働きたくないという
理由ではない。

もはや、働くには困難な体の状態になったからだ。

働くことでその状態はさらに悪化する。
そして、もはや酒に溺れるようなことがあれば死に直結する。

だから、早期リタイアを選択した。

その結果はどうだったか?

私自身の生活は日々淡々としたものだが、
精神的には非常にいい状態をキープしている。

ストレスもなく、酒に走ることもない。

まぁただ、今年の2月以降は新型コロナウィルスの問題で
リタイア生活を純粋に楽しめる状態にはなかった。

本来ならいろんな本を読み、勉強をしたいと思っていたのだが、
コロナのことでそういう気持ちはかなり軽減された。

自分の勉強よりもまずコロナ関係の情報を得るのが優先と
なったからだ。

まぁ、そこが私の考えていた設計とは違うことになったのだが、
ここにきてコロナの第一波がかなり収束する感じとなり、
そろそろ私の考えていたリタイア生活に戻ろうと考えている。


私は、早期リタイアを選択してまったく後悔していない。

まったくだ。

そりゃ、若いころは仕事で自己実現を成したいと思っていたし、
今でもその気持ちは多少はある。

しかし、

人生とは思い通りにはいかないもの。

その思い通りにいかなかったことを、クヨクヨ嘆いても仕方ないのだ。

今自分が置かれた状況をきちんと分析し、最高の判断をするのが
人の生き方というものだと思う。

今の私に夢や目標などない。

別に、50歳を超えてあえて夢など持つ必要もない。

毎日を普通に生きて、普通の1日を終える。

それだって幸せの1つだと思う。


毎日がほぼ同じで1日が淡々と過ぎていく。

私は今、それで十分だと思っている。


≪今回の1曲≫
ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンドで、『 I'm Waiting For The Man 』です。




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【平和で安全な暮らしはタダではない】


私が仕事を辞めてから7ケ月が経った。

辞めた後は、自分の好きなことをして過ごそうと思っていたが、
世の中はそうさせてくれなかった。

普通に過ごせたのは今年の1月ぐらいまでか。

2月に入り、新型コロナウィルスの問題が出てからは
考えることはそれ一色になってしまった。

私としては本意ではないが、人の命にかかわることだし、
日本における危機だったから仕方がない。

でも、だいぶ精神的に振り回されたが、ここにきて少し落ち着いた
感がある。

ただ、私としては今新型コロナウィルスに感染するわけには
いかない。

なにせ、持病の糖尿病の状態が芳しくないし、
また喫煙もしている。

おそらく、コロナに罹ったら重篤化する可能性が高い。

いつかは罹ると思うが、きちんと医療体制が整い
治療薬も承認されてから罹った方がいいと思う。

なので、あと半年は我慢する必要があると思っている。


今回の新型コロナウィルスにおける問題で露呈したのは、
日本という国は非常に危機管理能力に乏しいということだ。

緊急時にも法的な制限があり、なかなか早く政策を
決断することができない。

中小企業・零細企業への補償も、今になってようやく
動き出した感じである。

遅い。あまりにも対応が遅すぎる。

呆れて物も言えない状態だ。

平穏時の時は今の政治でもいいかもしれない。

しかし、大事なのは緊急を有する時。

この時にその国の政治力というのが試される。


また、こんなコロナで大変な時にもかかわらず、
尖閣諸島には中国の軍船が何度もやって来ている。

そして中国は、尖閣諸島は自分の領土だと公的に
言い始めた。

非常に危ないことである。

尖閣諸島だけではない。

沖縄だって中国は着々と侵略行為を進めている。

さらには中国だけでなく、韓国との間では竹島の領土問題も
以前残されたままだ。

昔の鎖国時代ならまだしも、今のグローバルな社会においては
このような領土問題は放っておくのでなくきちんと対応
していかねばならない。


世の中は平和で安全に暮らせることが一番である。

しかし、その平和で安全に暮らせるのは、
きちんとした安全保障のもと国における防衛力がしっかりしていないと
成り立たない。

戦後75年を経て、今までは中国という国がそれほど台頭
してはいなかった。

しかし、もはや中国は経済において世界2位の位置まで
上り詰めた大国となった。

つまりは、日本という国が今までのようにのほほんと経済
だけのことを考えていられる時代ではないということである。

中国も韓国も日本は国交があるが、所詮は自国ではないので
敵国と考えておかねばならない。

特に中国の侵略政策はしたたかである。

北海道。この領土は当然日本国のものであるが、
その中の土地は中国によってかなり買収されている。

このまま進めば北海道は、実質中国が実効支配することだって
あり得るのだ。

もうとっくに、平和な時代は終わっている。

コロナで大変な時であるが、自国の防衛という概念を
政府は忘れてはいけない。

自国の領土は自国で守る。

こんな簡単な概念を日本という国はあまり持っていない。

アメリカが何とかしてくれるだろう。

そう思っていたら相当平和ボケである。

最悪の状態になったらアメリカだってなにもしてはくれないのである。

日米安全保障なんてものは眉唾ものだ。

やはり、自国のことは自国で守るということを
日本人はきちんと認識するべきであろう。

私は、極右的なことを言っているのではない。

ごく当たり前のことを言っている。

コロナ後、日本は隣国2国とどう接していくのか。

そのことをよく考えていかないと、ほんとに10年後の日本は
中国の属国となり韓国から賠償金をふんだくられる情けない国と
化すだろう。

そうならないことを切に願う。


≪今回の1曲≫
R.E.M. で、『 Supernatural Superserious 』 です。




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【極限状態で最後に生き残るのは、ルールとマナーを守る人】


あまり普通に生きていると出くわさないことですが、
今回の新型コロナウィルスによって緊急事態宣言が発令され、
国民が外出自粛要請されるように言われる。

これは、ある意味極限状態にあると言えます。

先の見えないウィルスとの闘い。
いつ自分が感染して重篤化するかわからない。

こういう時にどういう人が最後に生き残るのか?

それをずっと考えていました。

そして、ようやく答えが見えてきました。

それは、

ルールとマナーを守っていく人が最後に生き残る。

ということです。

別に守る義務はない。そういう要請の状態であっても
きちんときめられたルールを守っていく人。

外出を控え言われたように自粛をする。

外から帰ったら手洗い・うがい・消毒。
こういうことをきちんとやる。

また、マナーの面では多少の不安はありながらも、
朝起きたら「おはよう」と言い、食事の時は「いただきます」
食後は「ごちそうさま」と言う。

こういうことってとても大事なんですね。

不安な状況の中でもきちんとした挨拶をしてマナーを守る。

そういうことを続けていくことにより、家族という関係が
平穏に保たれる。


私はあまり気にしていませんが、自粛要請が出ているのに
空いているパチンコ屋に行ったり公園で友達とBBQをする。

おそらく、ルールが守れなく欲望に勝てない人達だと思います。

一見すると、そういう自由な人間の方が得をしているような
気がしますが、そうではありません。

当然ながらウィルスに感染するリスクは高まりますし、
なんと言っても1回ルールを破るとその後ルールを守っていく
モチベーションが非常に下がるのです。

1回ルールを破る人は何回でもルールを破る。

反対に、ルールをきちんと守る人は
ずっとルールを守る。

このウィルスとの闘いは長期戦になると思う。

その中で感染せず、また精神破綻しない人とは、
やはりルールとマナーを守っていく人であるだろう。

そう思う次第である。


≪今回の1曲≫
ザ・スミス で、『 Panic 』 です。




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【 この世で変わらないものはない 】


この世で変わらないものはない。

形あるものもそうでないものも等しく必ず変わる。


このことを仏教界では「諸行無常」というが、
この世の中の原理を知っているだけで結構助かる時がある。

人生とはいい時ばかりではない。

当然悪い時が来る。

苦しみに打ちひしがれている時や絶望のどん底にある時。

人はその辛い状態が永遠に続くと思いがちだ。

しかし、どんな辛いことや苦しいことも
時間が経てば必ず変わるのである。

そう、必ずです。

私が30歳でうつ病を発症し、3ケ月間家から一歩も
出れないときがあった。

あぁ、もう俺も終わりかな!

そう何度も思った。

しかし、その苦しみも時というものが解決してくれた。


それと今の世界情勢は似ているような気がする。

今、世界中が新型コロナウィルスの出現で右往左往している。

国によっては何万人という死者もでて、絶望のどん底にあると
いっていい。

しかしである。

このウィルスとの闘いも必ず変化し終わるのである。

今絶望していても必ず情勢は変わっていく。

だから、

不安になることはないし、絶望することもない。

今はじっと耐え、情勢が良くなるのをじっと待つとき。

大事なのは、この待つという時期を焦らずに過ごすことだ。

あぁ、もう大丈夫かな!と思い早々と行動に移すと
結構失敗する。

だから、時を待つというのはとことん待った方がいい。


どんなことでも不変なものはなく、必ず移ろい変わっていく。

そういうことを知りながら、じっと情勢が良くなるのを待つ。

待つと言うのは結構しんどいものだが、生きていく上では大事なこと。

そのことを私ももう一度再認識しながら、今の外出自粛生活を
過ごしていこうと思う。


≪今回の1曲≫
エリックj・クラプトン で、『 Change the world 』 です。




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【 五木寛之氏は日本の知恵である 】


昨夜、「世界一受けたい授業」というTV番組に、
作家の五木寛之氏が出演していた。

五木寛之

五木氏は、私が一番好きな作家である。

TV出演は久しぶりで、もう87歳になられているが
以前と変わらない姿を見せていただいた。

今回TVに出演したのは、22年前に刊行された
大河の一滴」という本の紹介であった。

大河の一滴

発行された時からベストセラーであったが、
22年経った今でもまだ売れているということだ。

確かにそうだろう。

私もこの本は五木氏の著書の中でも一番お気に入りで、
ことあるときに読み返す。

この本はエッセイだが、決して明るいことを書いているわけではない。

むしろ、ネガティブな話ばかりだ。

例えば。

・人生は苦しみと絶望の連続である。
 しかし、人生とはおおむね苦しみの連続である、と、
 はっきり覚悟するべきなのだ。


・本当のプラス思考とは、絶望の底の底で見た人間の全身での
 驚きである。


そういう、人生での苦しみをどう乗り越えていくか。
というのがこの本のなかで一貫して五木氏が言いたかったこと
だと思う。

五木氏とは不思議な方だといつも思っている。

あれだけ社会的に成功した方であるのにもかかわらず、
書かれていることはすべて人間のマイナスな部分を
とりあげる。

こういう成功者はなかなかいないだろう。

しかし、人生の成功者であるがずっと一貫しているのは、
自分が成功者だとは思っていないこと。

常に弱者の立場に立ち、その人たちに生きるとはこういうことだよ。
と静かに教えてくれる日本第一の賢者である。

私は、五木氏の多くの著書からたくさんのことを学んだ。

その多くは、自分の状態が悪い時。
そして、人生で失敗して絶望の中にある時。

そういう時にふっと五木氏の本を読むと、
心にすっと入ってくる言葉が必ずある。

生きる意味が分からなくなった時には、

・人間はただ生きているだけで素晴らしい

という言葉をいただいた。

そして、私が早期リタイアを決断したのは、

・人間はあきらめるということも大事。
 あきらめるとは、「明らかに究める」ことだからだ


という言葉に後押しされた。


五木氏が次に出す本に私は期待している。

何故なら、

おそらくだが、その本の題材はウィルスのことであろうと
思うからである。

五木氏がこの新型のウィルスのことについてどう思い、
今後の人や国のあり方としてどうあるべきか。

その考え方を是非知りたい。


五木氏とは日本の一つの知恵であると私は考える。

それも、本当の知恵というものを教えてくれる。

なので、これからも教えてほしいことがたくさんある。

そのためにも、まだまだ長生きされ健康でいてもらいたいと
切に願うばかりである。


≪今回の1曲≫
チェット・ベイカー で、『 Almost blue 』 です。

五木氏は、悲しい時は悲しい曲を聴いてどっぷり浸るとよい。
そう言われた。この曲は、そういう時に聴く曲である。




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【日本政府は、結局なにもしなかった】


新型コロナウィルスの問題であるが、
どうやら第1波の感染拡大は収束に向かってきたと思う。

これはひとえに、

日本人が禁止もされないのに外出自粛を頑張ったことと、
日本の医療や医療従事者の意識の高さの結果だと思う。

では、政府はコロナ対策で何かをしたか?

答えはNOである。

医療崩壊させないために医療体制をきちんと構築したわけでなく、
進めようとしていたPCR検査の数を全然上がらず、
さらには休業要請をした企業や店に対する満足な補償も
できなかった。

つまりは、政府は今回のコロナ第1波でなにも対策を
打たなかったのである。

私がこのことに気づいたのは、安倍首相が緊急事態宣言を
延長させるという会見を見た時だ。

ただ外出自粛要請だけをし、3密にならないようとか
人との接触を8割削減すること。

それらを国民にお願いしただけ。

時間はたっぷりあった。

医療崩壊しないための対応もできただろうし、
PCR検査をもっと多く進めることもできたはず。

しかし、政府はなにもしなかった。


ツイッターなどで政府を擁護する人達が一様に言うこと。

それは、

政府はコロナでの死者数を抑えたということだが、
死者数が抑えられたのは他の因子によるもので、
政府がそれに対して何か手を打ったわけではない。

死者数を抑えられた原因にあげられるのは、
・1~3月の間に、武漢型(いわゆるS型)が感染拡大しており、
 日本人には一定の免疫があった。
また、
・日本の高い医療技術によって、重篤化した患者を救うことができた。

そのいずれかであろう。


私は今まで保守派で自民党を支持してきた。

しかし、政府のコロナ対策の無能ぶりはなんたるものか。

はっきり言って、現政権では有事になにもできない
ということが露呈されただけであった。

この失策による国民の政府への信用は、
一部の盲目の安倍信者以外まったく失ったと言えよう。

特に、企業や中小・零細企業にとっては、
休業要請しておきながら満足な補償をまったくしない。

そういうことで、現政権への不満は最高点に達している
と思われる。


これから政府は、この責任をどうとるのだろう。

おそらく、謝罪することなく責任もとらないだろう。

結局、森加計問題や桜問題というのは意外に大事なことであって、
あれらの問題を官僚とともに隠蔽した体質がそのまま
非常時になにもできない(なにも決定しない)腐りきった政府となって
露呈してしまった。

そういうことだろう。


しかしだ。

現政権や与党の政治家がたいしたことないことはわかったが、
もし次の衆議院選挙があったときにそれに替わる政党もない
というのも事実。

今選挙になったなら、もしかすると投票を拒否(棄権)するかもしれない。

それほど、国会議員という政治家は利権と保身しか考えておらず、
本当に日本を変えようとする政治家など皆無であると
言わざるをえないだろう。

まったく、情けない話である。


≪今回の1曲≫
ショパン で、『 革命 』 です。




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【失業しても倒産しても人間は生きていける】


世の中、新型コロナウィルスのせいで失業者が増えている。

今後まだこの闘いが長く続くことを考えれば、
倒産する企業や失業者はかなり多くなることだろう。

TVを見ていると、

『このままでは仕事がなくなる。どうしたらいいのか』

などと言う方がたくさんおられる。

しかしである。

解雇や失業を多く経験してきた私からすると、
そんなことたいしたことじゃないと言いたい。

仕事がなくなっても会社が倒産しても、
それだけでは人間は死なない。

私は住む家を失い、今日食べるものもろくになかった
時があったがそれでも何とか生きてきた。

一番よくない考え。

それは、

今目の前にある仕事がすべてだ。

ということ。

すべてを失い絶望する時もある。

しかし、なんとか食うものさえあれば人は生きていけるのだ。


・会社にしがみつかねばならない
・この仕事がなくなったら終わりだ

そう思うだろうけど、実際なってみると人生は終わらない。

家のローンが払えなくなる。
そういった方もおられるだろう。

だったら、家を手放せばいい。

失業して生活できない。
そういった方もおられるだろう。

ならば、生活保護を受給して生きていく方法もある。


人間は生きていればなんとかなる。

そのことを頭においていれば、この状況でも多少楽になるだろう。

私が最も心配しているのは、コロナの件で自死する方が増えないか?
ということだ。

最近は少し減ってるようだが、日本で1年間で自殺する方は
3万人近くいる。

この数はあまり公には発表されないがものすごい数である。
コロナでの死者数と比較しても段違いに多い。

私は、絶望した方が自分で死を選ばないか?
そちらの方がすごい心配である。


≪今回の1曲≫
ザ・ローリング・ストーンズ で、『 Satisfaction 』 です。




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事

【コロナ収束後の日本は何か変わるのか? 】


新型コロナウィルスの感染が収束していない中、
私はたまに考えることがある。

それは、

コロナ収束後の日本は何か変わるのか?

ということだ。

結論から申し上げよう。

私の考えとしては、

コロナ後の日本は何も変わらない。

そう思っている。

何故なら、本来日本という国は変わらなければいけない時期に来ている
のだが、そんなことを考えている日本人があまりいないからである。

安全保障の問題や危機管理の問題でも同じ。

きちんと改憲して防衛力を高めないと非常に危険なのだが、
そんなことを考えている日本人があまりにも少なすぎる。

要は、

自由でかつ、難しいことなど考えずに楽しく過ごせればいいじゃない。

そういう考えが日本人の大半なのである。

平和ボケもここまでくると、もうどうしようもない。


かつて、日本を変えなければいけないと論議されたことがあった。

それは、

東日本大震災後のことだ。

死者1万5897人、行方不明2533人。とんでもいない災害であった。

今、コロナによる死者数は全国で400人超え。

騒いでいるのはコロナの方だが、実際の被害は東日本大震災の方が
各段に大きい。

では、これほどの災害に見舞われた後に日本はどう変わったか?

小さいところでは変化があるだろうが、政治体制も国のあり方も
ほとんど変わらなかった。
(民主党政権から自民党政権には変わったが)

今の日本という国は、危機管理が非常に弱く安全保障も危うい状態で
防衛力があまりにも低い。

だから、少し前に韓国海軍による レーダー照射 が問題になっても、
結局うやむやになった。

もし、韓国が米国に対してレーダー照射を行っていたら、
すぐに米国は反撃に入っただろう。
(米国でなくても)

何故なら、レーダー照射とは相手のこめかみに銃を突きつけた状態
であるからだ。

さらに、コロナで大変な状況でも中国の軍船は毎日尖閣諸島や
宮古島付近に来ているのだ。

こんな状況なのに日本が言えることは『遺憾である』だけである。

こんな脆弱な国が独立国家といえるだろうか?


よく、コロナ収束後は中国と距離をとって友和しないことが大事だ。
などと言う人がいる。

しかし、中国との問題はすぐに縁を切れる状態にはもうない。

もし、中国と距離を保つようならばそれ相応の防衛力が必要と
なってくる。

しかし、日本人はそこまでの想像力がまったくない。

今の日本で中国の習近平を国賓で招かなかったらどうなるか?

そういう想像力も働かない。

あまりにも日本は平和ボケ国家となり、日本人はお花畑と化した。


私は基礎疾患があるので、コロナに感染したら死ぬかもしれない。

それに、体の状態も悪いのでそう長生きはできないだろう。

さらには、こんな閲覧数も少ない拙いブログで危険性を言っても
なんにも効果はないことはわかっている。

しかしだ。

私ないし我々世代はまだいいとしても、その子や孫の世代
のことを考えると、あまりにも日本の将来は暗すぎる。

安倍首相はアベノミクスで構造改革をしようとしたができなかった。

また、憲法改正に意欲を投じているがこれもどうなるかわからない。

このままでは、日本という国は衰退国家になってしまうだろう。

そう私は案じているのである。


≪今回の1曲≫
プリンス で、『 Black Sweat 』 です。

]


にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代セミリタイア生活へ
にほんブログ村
関連記事
RSSリンクの表示
検索フォーム
FC2カウンター
最新記事
最新コメント
リンク
プロフィール

うめぞー(又はテツ)

Author:うめぞー(又はテツ)
性別:♂
趣味:音楽鑑賞・ゴルフ・車(ドライブ)・動物鑑賞/飼育

カテゴリ
月別アーカイブ