【 言葉の裏表についてのつぶやき 】

~今回もブログにアクセスいただき、ありがとうございます~


『 I love you. 』

何故欧米人は、この言葉を多く使うのか?

よく、日本の男はこの言葉を使わないとけなされます。

しかしです。私から言わせてもらうと、

「そんなにいつも、「愛している」と確認しないといけないの?」

と言いたいのであります。

つまり、

『 I love you. Do you love me?』

といつも言わなければいけないというのは、それだけ不安である
という証なのです。

要するに、その言葉を使わないといけないということは、
相手を信用していないということになるわけです。

日本では、そういうことを「阿吽の呼吸」でわかるという文化が
あります。

はっきり言いますと、「しょうもないことをいちいち言うな!!」
ということなのです。


話を変えます。

欧米のキリスト教では、この言葉を強調します。

それは、

『汝の敵を愛せよ』

『隣人を愛せよ』

と。

我々キリスト教信者でない日本人は、「こういう言葉を使って
いるのに何故戦争をいつもしているの?」

という疑問がわきます。

それについての答えは、

『欧米人は、汝の敵も隣人も愛していないから』

となるのです。

人は、できないことを連呼する習性があります。

なので、欧米人は自分と違う宗教を絶対許せないのです。

だから、上記の言葉を連呼するのですね。

ですので、「欧米人、情けないね!!」ということになるわけです。


日本では、欧米にはない「和の精神」というものがあります。

つまり、皆と共有して「和を大切にし、常に空気を読め」ということを
自然としているのです。

その日本人が、

『和を大切にしていますか?』

などとは言いません。

だから個人主義である欧米人は、「日本人は素晴らしい。優しい」

となるのであります。


日本人(大和民族)、そう捨てたものではないです。

アメリカでは次期大統領に、ドナルド・トランプ氏が当選しましたが、
あれはアメリカ人がよく言う「自由の国」ということを全く否定している
証になりました。

『女性は、自分達のトップになるべきではない』

『他宗教のイスラム信者達は、アメリカに来るな』

というわけであります。


またまた、話は変わります。

日本の女性達は、欧米のこの文化を称賛して日本の男達を
けなします。

それは、

『レディ・ファースト』

です。

『日本の男たちは、レディ・ファーストがなってないわ!!』

と言いますが、「レディ・ファーストをする」ということは、
基本的に女性を下に見ているという証なのです。

つまりは、欧米人は完璧に男女差別を自然としていると
言えるのですね。


コインに裏表があるように、言葉にも裏表があります。

そういうところを日本人は、よく理解する必要がある
と思うのであります。


今回は以上です。 閲覧ありがとうございました。
関連記事
スポンサーサイト

【 日常生活を大切に 】

~今回もブログにアクセスいただき、ありがとうございます~


最近私が思うに、日々を過ごしていくことにおいて最も大事
と言えることは、これだと思っています。

それは、

『日常生活を大切にすること』

です。

夢をみることがあるでしょう。また、自分はこうなりたいという
ことだってあるはずです。

しかし、そういう遠くの方を見据えるよりも身近な生活を大切にし、
それを懸命にこなしていく。

それが、日々を充実させる術であるような気がしています。

私と同じような考えをされた方では、この方がおられます。
(私と同列にするには恐れ多いですが)
日本における 曹洞宗 の開祖の 道元禅師 であります。

道元

道元禅師は当然座禅を組むことを大切にしていますが、
色々な著書のなかには日々の生活のあり方について
語っておられます。

それは、食事や掃除の仕方。そして、トイレの所作にまで
及んでいます。

では、何故道元禅師はそういうことを大切にせよと説いた
のでしょうか?

私が思うに、日々の生活をきちんとすること。それこそが、
修行の一つだと考えていたのであろうと推測します。


また、道元禅師は「只管打坐(しかんたざ)」を大切にしていました。

只管打坐とは、余念を交えずにただひたすら座禅すること
であります。

なにかのために座禅するのではない。ただ、ひたすら座る
のです。

そこには、何の目的も存在しません。
ただ、一つ挙げるとしたならば「無」になるということでしょう。

なにも考えずに「無」になる。非常に難しいことでしょうが、
それこそが「禅」ということなのだと思います。


以前の記事でも書きましたが、仏教において大切にされて
いることに「諸法無我」という考え方があります。

その意味は、全てものは実体のないものであり人間すらも
「我」を持たない「無」であるということです。

全てが「無」である存在の人間が、欲望を持つことは
ありません。

しかし、今の日本仏教界の僧侶たちを見ると、「無」でなく
煩悩の塊だと言えるでしょう。

酒を飲み肉を食べる。結婚はいいとしても愛人さえつくる
僧侶も多く存在する。

完全に堕落していると思います。

私は、寺を世襲にすることにも反対の立場をとっています。

檀家を守っていく寺の住職が世襲でいいのか?
いいはずはありません。

修行などろくにしないで寺を息子が継ぐ。そんなことでは、
ますます日本仏教界は堕落してしまいます。

仏教のいいところは、固定観念に執着せずにその時代に
合わせて変化していくところだとは思っています。

しかし、酒を飲んで肉を食べる住職は、もはや僧侶とは
言えないです。

葬式仏教と化した日本仏教ですが、五戒 くらいは守ってほしい
と思うところであります。

最後に、

戒名を得るだけで何百万円も請求する。
そんなビジネスと化した日本仏教界は、もはや釈尊の存在すら
忘れていると言える気がします。

凡人である私が言うのもなんですが、非常に情けない限りだと
思う次第です。


今回は以上です。 閲覧ありがとうございました。
関連記事

【 幸せや楽しみを求めない 】

~今回もブログにアクセスいただき、ありがとうございます~


幸せを求め続けている方は多いと思います。

しかし、幸せというのは鼻の前にぶら下げられたニンジンの
ように、ただ追いかけても口には入りません。

前に記事で書いた孤独と同じように、幸せでなくて当たり前
なのであります。

幸せは、頑張れば見つかるというわけではありません。

もちろん、幸せを願う気持ちを否定するわけではありませんが、
幸せでない時も「それでいいんだ」「当たり前なのだ」と理解して
おくことも必要だと思います。

どの時代の、どこの国の、どの地位の人も「100%の幸せ」
は、つかんでいません。

だからこそ人類は文化を発展させ、智慧をつけてここまできたので
あります。

それがなければ、人類は未だ木の上に座り、バナナを食べていた
ことでありましょう。


幸せと同じように「人生を楽しみたい」ということを目的におくと、
いつまでたっても満たされることはありません。

楽しむことは忘れて、まず目の前のことに一生懸命になってみる。

楽しむためでもなく、幸せになるためでももなく、ただ身の回りの
生活を大事にしてみる。

身の回りの生活を大事にして1日を終えた時、意外に幸せを感じる
かもしれません。


「いつも幸せで楽しくなければいけない」というのは、幻想であります。

そうでないのが現実であり、そのことに気付かないと余計に不幸に
なってしまいます。

「苦しい時もあり、幸せでないときもある」と思えたなら、人は意外に
安定した人生を送れるような気がします。

誰も苦しみの受け入れ方は教えてくれません。幸せになれ、夢を追え、
と言いますが、夢など見なくても普通に現実を生きていくだけでいい
のではないか。

そのように、私は思う次第です。


≪今回の1曲≫
エルヴィス・コステロ で、『 She 』 です。

愛も、求めているだけでは手に入らない。与えることを知った時、
自然と自分の手に入ってくる。そういうものではないでしょうか。





今回は以上です。 閲覧ありがとうございました。
関連記事

【 あるものを大切にする 】

~今回もブログにアクセスいただき、ありがとうございます~


今朝は寒いです。どうやら天気予報でも、今日から明日にかけて
だいぶ寒くなるとのこと。

皆様、体調を崩されぬようご注意ください。



さて、このことは今年1年をかけて大事にしてきたことです。

それは、

『あるものを大切にする』

ということです。

「あるもの」とは、私であれば妻やペット達。お子様がいらっしゃる方は
子供。両親と暮らされている方は親になります。

これらのものを大切にする。その気持ちが大事だと思っています。

そして、あるものとは生物だけではありません。
植物だって同じです。園芸を趣味にされている方は、その草花たちを
大切にする。そのことも大事なことであります。


そして、ここが大切なポイントですが、「殺生をしない」という意識が
重要です。


地球上には様々な生き物がいます。そして、皆様の家にもペットが
おられるはず。

家で言うと鳥や亀やメダカ、そしてクワガタになりますが、その子たちの
命を大切に守る気持ち。これこそが、地球上で頂点に立っている人間
が、していかなければならないことであると考えます。


「殺生をしない」。このことは、仏教では五戒の一つとれています。

五戒とは、

・不殺生戒(ふせっしょうかい)
 生き物を故意に殺してはならない。
・不偸盗戒(ふちゅうとうかい)
 他人のものを故意に盗んではいけない。
・不邪婬戒(ふじゃいんかい)
 不道徳な性行為を行ってはならない。
・不妄語戒(ふもうごかい)
 嘘をついてはいけない。
・不飲酒戒(ふおんじゅかい)
 酒を飲んではいけない。


としてますが、このことはなにも仏教の僧侶や信者でなくても守れる
ことです。
(酒に関しましては、人それぞれの考えがあると思っています)

しかし人間とは、私を含め煩悩の塊のような存在です。
なので、これらをきちんと意識して生活していないといけません。


話は変わります。

昨日、家に新しい家族が仲間入りしました。
この子です。

文鳥

昨冬に飼っていた文鳥の幼鳥は、他界させてしまいました。
窓際に置いていたのですが、隙間から冷たい風が入ってきて体温が
下がったのが原因だと思われます。

文鳥はセキセイインコと違い、寒さには非常に弱いです。
今度のこの子はきちっと育てて命を守る。愛情をいっぱいかけてあげよう
と思います。
(ちなみに、名はまだありません)



【追加】
≪今回のクワばな≫
今日の昼前に、下記のオオクワガタの菌糸ビン交換を行いました。

極太系 阿古谷オオクワガタ

【種親♂】
極太系阿古谷オオクワガタ

結果は、

阿古谷オオクワガタ(♂幼虫)

最大で29(29.3)g。前回の交換時は23.5gでした
ので、5.8g増えたわけです。

少し前に交換した同血統兄弟には、31.1gの幼虫も
います。種親♀が52.0㎜でしたから、幼虫も大きく
なったのかもしれません。

この血統は、種親♂の形状がいいのでかなり期待を
しています。体重の重さが体長に反映せずに太さや
形状に反映してくれたらいいな、と考えています。


今回は以上です。 閲覧ありがとうございました。
関連記事

【 人とは常に独りである 】

~今回もブログにアクセスいただき、ありがとうございます~


本日、連投稿になります。
理解しづらい内容になることをお許しください。



最近、私が思っていることがあります。

それは、

『人とは常に独りである』

ということです。

人は、原則産まれる時も死ぬ時も独りです。
それがたとえ看取られたとしても、死んでいくのは独り。

でも、人生にはいろんな人との関係を持つことになります。

しかし、それでも「自分は独りなのだ」という意識と覚悟が
必要のような気がするのです。



このようなことを言うとこういうことを思われるでしょう。

『家族や友人がいるじゃないか!』

と。

確かにそうです。家族と一緒に住んでいる方もいるし、
友人がたくさんおられる方もいらっしゃいます。

しかし、「自分の人生」ということで考えると、家族や友人は
その人生という劇の共演者にすぎません。



人間は、依存をするとロクなことがありません。

・両親に依存する。
・配偶者に依存する。
・友人に依存する。


そういうことは、原則として避けなければいけません。

しかし、この依存だけは私として良いと考えています。

それは、

『相互依存』

です。

一方的に依存したり依存されたりするのでなく、お互いが
支えながら依存していく。


こういう依存は、むしろ正しい生き方だと思います。

しかし、それでも人間とは独りの存在なのですね。


もう少し突っ込んんでお話しすると、

『自分の存在すら「無」である』

とも言えるのであります。

仏教の教え中でこういう言葉があります。

『諸法無我』

そして、

『色即是空』

です。

前者は、

・この世に存在するものはすべて無であり、自分という存在すらも
 無(我を持たない)ものである。


ということ。

後者は、

・この世にあるすべてのものは因と縁によって存在しているだけで、
 その本質は空(からっぽ)であるということ。


ということです。


別の方向から考えてみます。

人間は死ぬとどうなるのか?という問いに対して、

・キリスト教では、人が死ぬとイエス・キリスト(神)によって裁かれ、
 天国か地獄のどちらかに行く。


・仏教では、輪廻転生で生まれ変わる。
 (ただし、悟りを得た人は別)


と説いています。

しかし、私の考えとしては違う立場をとっています。

どういう立場かと言うと、

『人間が死ぬと自然に還る』

ということになります。

つまり前述したように、物質としてあるように見える人間ですが、
所詮はいろんな部品が集まってできた集合体。

死とは、その集合体が解体され完全に「無」の状態になる。


ただそれだけだと考えています。


つまり、何を言いたいのかといいますと、

『人間とは「無」であり「我」すら無い。ゆえに、その人間が
 関係すると思われる人間関係すらも「無」である』


ということなのです。

だから、

『人とは常に独りであり、孤独ということを考えることすら
 必要のないこと』


と言えるのです。


しかし、現実的に科学的に考えると、人間は存在する物質です。
だから、人間関係というものが存在し独りでない場合があるわけです。


ただ、『人とは常に独りである』という意識を持つことは大切です。

ゆえに、私は独りで生きていきながらも、素敵な共演者たちと
共に生きていきたいと考える次第です。



今回は以上です。 閲覧ありがとうございました。
関連記事

【 退院しました 】

~今回もブログにアクセスいただき、ありがとうございます~


昨日、病院から退院してまいりました。

10月18日に入院しましたから、1ヶ月と3日入院していた
ことになります。

では、何を私は入院で治したかったのか。

と言いますと、

まずは、体全体からくる不安を取り除きたかったこと。

そして、

自信を完全になくした自分を取り戻し、今後の方針を
立て直したかったのであります。

前者の不安に関しては、かなり早い時期に回復しました。

しかし、その後のことはなかなか完治するとまでは
いきませんでいた。

では、今はどうなのか?と言いますと、

まだいろいろ思案中であります。

しかし、答えが見つからなくていつまでも入院している
わけにはいきません。

なので、入院という非日常生活から現実の世界に戻り、
その中で試行錯誤しながら答えを導き出していこうと
考えました。

自信喪失に関しましては、どうやら私は他人からの評価に
翻弄されてしまった感じがいたします。

やはり自分への評価は、自己評価で十分です。
他人の評価を気にしすぎると、自分を見失ってしまいます。

そういうところを注意しながら焦らずじっくりと考え、
今後の身の振り方を決めていこうと思います。


今回は以上です。 閲覧ありがとうございました。
関連記事

【 人生で大切なのは金なのか 】

~今回もブログにアクセスいただき、ありがとうございます~


【追記】
夕方、かなり暗かったですがドライブに出掛けました。
伊香保温泉を少し下ってきた所でいい紅葉を見つけました。
今が見頃のようです。

2016年紅葉


さて、かなり前の話になりますが、ある知人にこう言われたことが
あります。

それは、

『世の中は金こそが大切なんだ。情は金についてくる』

と。

私はその言葉を聞いた時、なにも言い返せませんでした。

何故かというと、「そういう考えを本当に持っている人が
いるんだ」、といささか驚いた気持ちを持ったからです。

確かに金は大切です。金がなければ生活していくことも
できません。

しかしです。

私はこう思うのです。

『世の中は金がすべてではないのでないか?』

『金は大切だが、もっと大切なことがあるのでないか?』


と。

貧しくても幸せに過ごしている方がおられます。
反対に、裕福な暮らしをしていても不幸な人生を歩まれている
方もおられます。


そういうことを考慮しますと、

『人生(世の中)において、一番大切なのは金ではない』

そう思う次第であります。



【追記】
≪今回のクワばな≫
本日の昼前、下記のオオクワガタの♀が完品羽化していました。

GORDEN-R オオクワガタ

GORDEN-R(♀羽化)

GORDEN-R(♀羽化・腹側)

(幼虫飼育記録)
1)2016年5月7日割出し
     ↓
2)5月26日 菌糸ビン800cc投入 2令
     ↓
3)8月26日 菌糸ビン800cc投入 15.5g
     ↓
4)11月20日 羽化確認


2枚目の画像のようにまだ腹がかなり赤いので、
おそらく羽化は11月半ば頃だったのでしょう。
しかし、軽く体長を測定したところ51㎜は超えて
います。最終的に落ち着いたら、多分50㎜くらい
になるのではないかと予想されます。

頭幅は15.2㎜とかなり太い♀です。早期羽化
ですが、いきなり種親♀をゲットしたという感じが
します。

♀も大きいにこしたことはないですが、産卵のこと
を考慮すると50㎜~52㎜ぐらいが丁度いいと
思っています。まだ幼虫と思われるなかで17gアップ
している♀もいますが、これが完品で羽化したならば
販売用になるかもしれませんね。

なににせよ、羽化おめでとう(^o^)/


今回は以上です。 閲覧ありがとうございました。
関連記事

【 中道であること 】

~今回もブログにアクセスいただき、ありがとうございます~


自分の生き方や死んだ後のことを考える時、二つの進む方法があります。

それは、

『自力か。それとも他力か』

というものです。

仏教を学んでいくようになると、どうしてもこの二つのことを
避けて通ることはできません。
(私自身は、固定の宗教を信仰する立場にはありません。)

仏教には大きく分けて二つの流れがあります。

・一つ目は、釈迦が目指した(説いた)とされることを忠実に
 守ろうとする流れ(一般的には 上座部仏教 と言われる)。

・二つ目は、原始仏教が変わっていき、より多くの人が救われる
 ようになるために確立された 大乗仏教 と言われる流れ。


です。

前者の考え方は基本が「自力」であり、修行して自己鍛錬を
積むことにより目覚める(悟る)ことを目指します。

後者は仏や菩薩などを敬い、それらを信仰したり念仏を唱える
ことによって救われるというもの。ゆえに、こちらを信じるものは
基本「他力(他力本願)」であると言えます。

日本における仏教とは、大乗仏教がほとんどです。
なので、一番多くの檀家が存在すると言われる 浄土真宗 などは、
阿弥陀如来(阿弥陀仏) を最高の位置ととらえてそれを信仰し、
「南無阿弥陀仏」と唱えることで極楽浄土に成仏することを
目指します。


私自身の生き方は「自力」でありますが、「他力」を選択する方法も
否定する立場にはありません。

ただ私は、自分の生き方や「死」について何かに身を委ねるという
ことはしないようにしています。

何故なら、

『自分の進むべき「道」は、自分自身で決めていきたい』

からです。


そして、ここが大事なところですが、自分が自己鍛錬を積み
自分の「道」を進める時に必要なのはこれだと考えています。

それは、

『中道』

です。

簡単に言いますと、「何事も両極端は避ける」ということになります。

つまり、「こうでなければいけない」という考え方をせずに
程よい状態のなかで自己鍛錬を積みたいのであります。



「自力」と言うとかなりストイックな感じを受けますが、基本は「自力」
でありながらも 「中道」 の状態を保ちながら人生を進めたい。

私はそのように考えている次第です。



≪今回のクワばな≫
下記のオオクワガタの幼虫が、早期に蛹化しました。

Absolute(アブソルート)血統 オオクワガタ

アブソルート血統(蛹)

早期での蛹化ですから、体長はたいしたことはありません。
おそらく、70㎜を少し超えたぐらいで羽化することでしょう。

問題は顎の太さですが、まずまずの太さはあるように思えます。
羽化まではあと1週間ぐらいですが、完品で良い個体であることを
願います。


≪今回の1曲≫
スティング で、『 Shape Of My Heart 』 です。





今回は以上です。 閲覧ありがとうございました。
関連記事

【 人は変われる 】

~今回もブログにアクセスいただき、ありがとうございます~


私は今まで、このように思っていました。

『性格は変わらない』

と。

しかし、私自身のことを客観視し分析してみたところ、
最近考え方が変わりました。

なので、現在はこう思っています。

『人間は、なりたいと思う「道」に順応するように変化する』

と。

なりたい「道」。それは、人が理想とする生き方のことであり、
人それぞれが抱くものであります。

私が理想とする生き方。それは、

・煩悩を少なくしていき、必要のない欲望に溺れることの
 ないようにする。
・常に理性的で冷静に行動していく。
・人間として日々成長し、最終的に「成熟した大人」になること。


今はそのように考えています。


このような考え方、理想を持つようになったのはここ1~2年
であり、40歳までの私はまったく考えていませんでした。

なので、非常に利己主義的。そして、わがままで自分の
思うようにいかなければすぐ憤慨していた次第です。

しかし、上記に挙げたような理想を持って生きてきたところ、
やはり自分自身の生き方や考え方など、すなわち性格という
ものが変わってきたような気がするのです。

なにも考えないで生きていたら、性格は変わるものではありません。

しかし、

人は理想を持って生きていくようになった時、
段々とその「道」に沿うような形で変化していくのでしょう。



最後に、フリードリヒ・ニーチェ の言葉を記しておきます。

ニーチェ

~脱皮して生きていく~
脱皮しない蛇は破滅する。人間もまったく同じだ。
古い考えの皮をいつまでもかぶっていれば、やがて
内側から腐っていき、成長することなどできないとこ
ろか、死んでしまう。

常に新しく生きていくために、わたしたちは考えを
新陳代謝させていかなくてはならないのだ。




≪今回の1曲≫
R.E.M. で、『 Losing My Religion 』 です。





今回は以上です。 閲覧ありがとうございました。
関連記事

【 米大統領選挙を振り返って 】

~今回もブログにアクセスいただき、ありがとうございます~


※記事内では、アメリカ人の立場に立った意見を述べます。

次期米大統領に、ドナルド・トランプ氏が選ばれました。

ドナルド・トランプ

この勝利について色々なことが言われています。
そして、その勝因の分析なども行われています。

ただ、私が思う、現在のアメリカ人が望んだことは
これに尽きるのだと思います。

それは、

『希望(ホープ)』

です。

今のアメリカは、たくさんの問題を抱えています。

そのことを変えて(チェンジ)もらい、「かつての強いアメリカを
もう一度取り戻したい」という希望を、8年前にオバマ氏に
託しました。

しかし、結果は何も変わりませんでした。

つまり、アメリカ人は希望を失い失望していたわけです。

では、その失望をヒラリー・クリントン氏が変えてくれるのか?
アメリカ人が下した判断は「NO」でありました。

確かにクリントン氏は賢い。そして、政治経験も豊富。
しかし、一つ欠けていてのは「魅力」であったと思います。

トランプ氏に、どれだけの政治手腕があるかはわかりません。

しかし、失望して希望を失った人間はそれを取り戻してくれる
「かもしれない」人を選ぶ。

そのことを、今回の米大統領選挙を振り返って思う次第であります。

※ちなみに、昨日から外泊で家に戻っています。
  本日の15時過ぎに病院に戻ります。




≪今回のクワばな≫
先日、下記のオオクワガタの菌糸ビン交換を行いました。
♂4匹で交換は2回目です。

GORDEN-R オオクワガタ

【種親♂】
GORDEN-R(♂)

では、結果です。

GORDEN-R(♂幼虫、2回目交換)

・24.9g⇒28.2g
・26.4g⇒28.2g
・27.4g⇒28.0g
・28.2g⇒27.3g


28.2gの幼虫が27.3gに減ったのは残念ですが、
全体的にはまずまずの結果であったと思います。

極太血統は、あまり大きくなっても魅力がありません。
体長は、74㎜~78㎜ぐらいが丁度いいと思っています。
それには、幼虫時の体重は24g~28gがいいのでは
ないでしょうか。

菌糸ビン3本目となる幼虫。これからは、熟していい
終齢幼虫となることが大事です。そのためには、
温度管理などの環境設定を間違えないようにしよう
と考えています。


今回は以上です。 閲覧ありがとうございました。
関連記事
RSSリンクの表示
検索フォーム
FC2カウンター
最新記事
最新コメント
リンク
プロフィール

うめぞー(又はテツ)

Author:うめぞー(又はテツ)
性別:♂
趣味:音楽鑑賞・ゴルフ・車(ドライブ)・動物鑑賞/飼育

カテゴリ
月別アーカイブ