【 いい人は必ず救われる 】

~今回もブログにアクセスいただき、ありがとうございます~


3連休に突入しました。嬉しい限りです。

しかし、こういう時こそゆっくり寝ようと思うのですが、
なにか寝るともったいないような気がして、早く目覚めて
しまうものです。

まぁ、休みの日とはそういうものなのかもしれません。

まずは第一日目。何もせずにのんびりしたいと考えております。



さて、今回の話はこれになります。

それは、

『本当に、いい人は救われないのか』

ということです。

よく言われることは、

『いい人は損をする』

ですが、これに関してはどうしても首を縦に振らなければいけない
のが、世の中の現実であります。

悪い人間は、いい人をうまく利用しようとします。
そして、いい人は悪い人間にコロッと騙されてしまう。


だから、

『いい人は損をする』

ということは仕方のない事実だと思います。

しかしです。

『いい人は救われないのか』

ということになると、それは少し違うと思うのです。


悪い人間はずる賢いために、目先のことには成功する
ことが多いです。

・金持ちになる
・出世する
・要領よく世の中を渡る


しかし人間の価値は、そういう物理的勝利によって判断
されるものではありません。

人は、人のことをよく見ています。
当然悪い人間のことは尊敬もしませんし、友人や仲間に
なろうとも思いません。


つまり、

悪い人間は、物理的な勝利を得たとしても、実質的な
勝利は得られないのです。

要は、孤独に生きていくしかないのであります。


金や地位や名誉を持っていても、生涯孤独では
決して幸せにはなれません。

当然そういう人間は、家族内でも円満に過ごすことは
できないでしょう。

逆に、

いい人は、物理的勝利を得られないかもしれません。

しかし、人からは愛され家族内でもよい関係を築ける
ことが可能です。


そしていい人が亡くなった時、皆がこう言うでしょう。

『あの人はいい人だった』

と。

私は、この最後の文句を言われたいと思っています。
それこそが、人間として生きてきた生き様の結果だと考えるからです。


最終的に、

『いい人は必ず救われる』

そう思います。

なので私は、多少損をしたとしても善人でありたいと考える次第です。



≪今回の1曲≫
クリスタル・ウォーターズ で、『 Gypsy Woman 』 です。





今回は以上です。 閲覧ありがとうございました。
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悪い人は世渡り上手で口がうまく猫を被っていることが多いです。私の周りにもそんな人間が沢山います。
物は考えようですね。そんな悪い人は最後はきっと真っ当な人生を送れない事でしょう。
自分ばかりがバカを見ることはないでしょう。いつかはきっと最後はきっと、良い人生だったと終われるかな?

RE:ブーちゃんさんへ

ブーちゃんさん、こんにちは。

世渡り上手で口がうまく、かつ人を利用することしか考えていない
人間はたくさん存在します。

そういう人間は、一見勝ち組のように思えますが、決して幸せな
人生を送れるとは思えません。幸せの定義は人それぞれですが、
少なくとも人に好かれないで孤独に生きていくことになること
でしょう。

いい人(善人)は、目先の物理的勝負に負けることは多いでしょうが、
その代わり幸せな人生を送れる可能性が高いです。
ブーちゃんさんも、きっと報われる日が来ると思いますよ。

コメントありがとうございました。

こんばんは

うめぞーさん、こんな時間にこんばんは。

今は亡きうちの親父、嵌められましたよ!
工場が上手く行かなくなって、近所の工務店の社長が『任しなさい!少しでも高く工場売ってあげるよ!』との言葉を信じて依頼したら、後から何だかかんだ云って来て、結局4百万にも満たない額で工場を明け渡しました。
後の流れ話で、その社長は工場を1千万円で売ったそうです。
6百万円も騙し取られましたよ。
ニコニコ顔して良い人そうでしたが、飛んでもない食わせ者だったのです。
親父、裏切られてかなり落胆していたのを覚えています。
人の足元を見る人間っていますよね。
地獄に堕ちろって感じました。
(-_-#)

他人からよく思われたいからいい人になりたい!というのは、善とは言わず、『偽善』に聴こえるのはわたしだけでしょうか??

RE:nori さんへ

nori さん、おはようございます。

そうですか。そういうことがあったのですね。
その男、最低の人間ですね。おそらくそのような酷いことを
しても、なんとも思わない人間でしょう。

だいたい、金のことで人を騙し嵌めようとする人間は
最低です。どうしようもない食わせ物でしたね。

まだ生存しているならば、地獄に堕ちたらいいと思います。

コメントありがとうございました。

RE:OMDKさんへ

OMDKさん、おはようございます。

そうですね。確かに、「いい人になろう」と思う時点で、
「偽善」の部分がどうしても入ってくる気がします。

ただ、「偽善」であっても一生涯貫き通したならば、
それは「善」であると言えるのではないでしょうか。

コメントありがとうございました。

No title

おはようございます。
「善人は損をする」「正直者は馬鹿を見る」 これは形而下の解釈だけでは説明がつかない事柄だと思っていますので深入りした解釈は控えておきます。

人が善を行う場合にその意念が慈悲から、社会正義から、人類愛から、報恩精神から、善因善果を信じる心から、憐憫の情やむにやまれず、物を大切にすることや勿体ないという質素倹約、人に好感を与えたい心、人の利便・幸福を願う心、自己の天職に忠実でありたい精神、これらみんな善の現れだと思います。また、世間から信用を得たい、利益につながる、恩返しを期待する、これらは功利的な善で一種の取り引きだと思います。そして、うまい事とは思いながら失敗した時の不利益を恐れての保身的観念から悪をしないだけの人もいることでしょう、悪とわかっていておこなうのは論外ですが。

善をおこなう時の根底にある物が仮にイヤイヤながらとか見返りを期待してであっても、それを繰り返しやっていけばいつか真の善人になっていくのではないでしょうか。はじめから心底善人なんて聖者ですよ。善をおこなう人は誰しも心の中に葛藤があるのではないでしょうか。

RE:massanさんへ

massanさん、こんにちは。

何が善で、何が悪かという話になると、かなり難しいことに
なります。仏教的には、煩悩のある無しで決まることでしょうし、
哲学的にはもっと難しくなります。

しかし、私が考える善悪とは、一般的に道徳的観念に沿って
いるか否かで判断するものかと思っています。
そして、「人を幸せにする気持ちがあるか」、それとも「人を
不幸にしてもよしとするか」で、人として善か悪かが決まってくる
ような気がしています。

ただ善なる人は、悪なる人に利用されるケースが多く、かなりの
部分で損をすることになります。なので、善である人は絶対的に
善ではなく、悪を見定める術を持ち合わせていなければいけない
と思います。そうでなければ、善を良しとする人が少なくなって
しまうことになります(悪がはびこってしまいます)。

善なる行為に、見返りを求めないことは大事かと思います。
しかしお書きになられているように、たとえ見返りを求めた
善であってもそれを繰り返して行うならば、それは真なる
善になると思います。善なる行為も、意識があってこそできる
ものであるのではないでしょうか。

コメントありがとうございました。
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