【 生き甲斐(問題提起) 】

~今回もブログにアクセスいただき、ありがとうございます~


人間、幸せだと思う感情は人それぞれによって違うと思います。

・仕事をすることに幸せを求める方
・家族との団欒に幸せを求める方
・趣味をすることに幸せを求める方

いろいろです。

しかし、幸せを感じている方が共通に持っているのは同じだと
考えています。

それは、

『生き甲斐』

です。

文字通り生き甲斐とは、

「生きるに値するもの。生きていくはりあいや喜び」

のことを言いますが、幸せを感じている方はこの生き甲斐を
感じ取っているのだと思います。

かく言う私、現在のところ「生き甲斐」を持ち合わせてはいません。
ただ毎日を無為に過ごしている。そんな感じがします。

『生き甲斐が欲しいな!』

と思うことがあります。

でも、生き甲斐とは求めて得られるものではありません。


もしかすると、人は自分のために何かをするということでは、
生き甲斐を見いだせないのかもしれません。

・誰かの役に立つ。
・社会に貢献している。

そういう、自分というものが一定の評価がされている。
そういう状態にあってこそ、生き甲斐を感じるのかもしれません。

もう少し突っ込んで考えると、

自分のためにやっていることで幸せを感じている。
楽しさを感じている。そういうものだと、まだ生き甲斐とは
言えないのかもしれません。

自分というものの存在が、何かの役に立っている。
そう脳が感じ取った時に、生き甲斐というものは得られる。

そのような気もいたします。


自分のためでも何かのためでもいいから、生き甲斐を持ってみたい。
現在の私の心の中は、そういう思いなのかもしれません。



≪今回の1曲≫
スティング で、『 It's Probably Me 』 です。





今回は以上です。 閲覧ありがとうございました。
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No title

おはようございます。
テツさん、まさにそのとおりだと思っています。私はどこで聞いたものを受け売りにしているのかわかりませんが、ヒトの遺伝子には人の役に立ちたいという本能が仕組まれているそうです。大昔の遺跡からでさえそういう痕跡が認められたと聞きます。
何か一つ作るのでも、自分用、うち使いだと雑になってしまうのですが、人様の物を作るときは丁寧になってしまいます。もちろん100%ではありませんが。
私は本業のサラリーマンとしてはお金の為としか思っておらず社会貢献などの気持ちは微塵も持ち合わせていません。しかし趣味を通しては関わる人の利便を考えるクセが少しは身についていると自分では思っています。そして不思議なことに自分一人だけでやっていたときより人様に分け合うようになってからの方が授かりも増大していくものなのですね。自然とアンテナを張って情報を仕入れることがうまくなってきたのか、それとも宗教的に言えば善行へに対するご加護ということになるのか、まあその辺は捉える人によってちがうでしょうけど。脳科学的にも実証できることになってくるのではないでしょうか。
そういう状態に生き甲斐を感じるということだと思います。そしてそのことに感謝を忘れず、仲間や関わる人すべてに感謝を忘れずにいれば、良い循環があると信じています。

RE:massanさんへ

massanさん、おはようございます。

自分だけが楽しい。そういう生き甲斐もあるのでしょうが、
本当の生き甲斐とはそういうものではないと思います。

やはり、自分がやっていることが他人のためになっている。
そう感じてこそ、脳は多くのドーパミンを分泌する気がします。

宗教的に言えば、利他の精神こそ修行の一つである、という
ことになるのでしょう。しかしその利他は義務ではなく、普通に
できてこそ悟りというものに近づくのだと思います。

自分の存在意義を感じるのも、生き甲斐があるからこそだと
考えています。「生き甲斐」、なかなか手に入れようと思って
得られるものではないですが、是非自分なりの生き甲斐を
得たいと思っています。

コメントありがとうございました。

No title

生きがいそう言われるとなんだろうと考えてしまいますが
うめぞーさんの言葉を借りてみるならば

好きな事をしながら
デコの場合今は写真ですが

大切な人を想うかなぁ^^

何気ない一瞬
何気ない時間

どちらにもその瞬間を大切にしたいと考えます

この先を見る事も大切ですが

今を見ながら
今を大切に

そうしていれば未来へと繋がるのかなぁ??
何てそう思うようになりました

そうしたら自ずと将来への不安が消えるかもって
これ最近感じた感情です^^

RE:♪デコ♪さんへ

♪デコ♪さん、おはようございます。

「生き甲斐」。これがあるとおそらく、人は幸せなのだと思います。

デコさんであれば、写真になるのでしょうね。
そして、この写真を使って誰かのためになっている。
(例えば、ブログに掲載することで人が楽しく思う等)
そのことを感じた時に、人は生き甲斐を感じるのではないか?
と思います。

一瞬一瞬に意義がある。そういう生き方をしたいものですね。

人間が変えられるのは、過去でもなく未来でもなく今だけです。
ならば、いろいろ思い悩まずに今に集中する。そのことが、
大切なのであろうと私も思っています。

今を大事にして生きていく。そうすると、未来は明るいもの
になる。その繋がりは、確実に因果応報であるような気が致します。

コメントありがとうございました。

生き甲斐は様々っすよね。

うめぞーさん、こんにちは!

そうっすね、人は様々な生き甲斐ってものが有ると思うんすけど、共通項は『他の人と楽しさとか喜びを分かち合いたい』ってのが有るなぁ、って思います。
勿論、1人で密かに楽しむのもアリ、ってのも有りますけど…、ジャグラーのGOGOランプのペカりなんすけどね(真面目に云ってます)。
f(^_^;)
僕が楽天的過ぎるのか病気のせいなのか解んないんすけど、やっぱ仕事も充実感を感じたいし、OFFの時も当然楽しい事をしたい、って単純に思ってます。
大それた事は思わないんすけど、仕事をしてそれがちょっとでも人の為になっていて、ちょっとでも笑いって云うかウケる事が取れたら、僕はそれがサイコーって思います、バカっすよね…。
(´Д`|||)
でもやっぱ、人生短いんだから楽しくやる!ってのが結果として他の人も楽しくさせるって思います。
僕の考え方なんて破綻してる!って思われても仕方無いって思いますけど、やっぱ人それぞれって事で。
(^_^ゞ



RE:nori さんへ

nori さん、おはようございます。

nori さんの考えは全然破綻していませんよ。
しっかりとした思考をお持ちだと、いつも思っています。

毎日が充実しているということはあり得ませんが、何か一つ
生き甲斐に感じるものが欲しいと思います。
それが自分だけのものでもいいし、記事で書いたような誰かの
ためになるならば尚いいです。

楽しく過ごしたいですよね。それは、毎日思うことです。
ただ、何をすれば楽しく思うのか?そのことについてはよく
わからないのが現実です。

短い人生ですが、それでもたった1回きりの人生です。
悔いのないよう、楽しく生きていきたいものですね。

コメントありがとうございました。

こんにちは~

ワタスもうめぞーさんに同感だす^^
誰かが喜んでくれること
誰かの役に立てていることに
やりがいや生き甲斐を感じるように思いますね♪

RE:オオヒラタさんへ

オオヒラタさん、こんにちは。

共感いただきありがとうございます<m(__)m>

確かに、自分のためにやることで生き甲斐を見出している
方もおられます。
でも、自分が誰かの役に立っている。また、きちんと社会貢献
していると感じた時に、人は自分の存在意義を見出すような
気がします。

生き甲斐を感じたいものですね。

コメントありがとうございました。

No title

今晩は。
 そう言われれば、最近“生きがい”ということを考えたことがありません。
人間いつかは死んでしまうものと、虚しさのほうが先ですね。
でも、日々は充実したものにしたいです。
自分だけの事かもしれませんが、夢中になる、あるいは達成感を得るとかです。
 “人の役に立つ“もありますが、狭量ですから、嫌な事柄で返されるのも多いですね。
ああいう人だとか、そういう考えもあると納得するようにしています。
人の役に立つというより、人が嫌がる事をしない、みだりに批判しないくらいです。

“無為自然”を目指します。

RE:yamadagagaさんへ

yamadagagaさん、こんばんは。

私は、もう47歳ですが、まだ47歳とも言えるのです。
これがあと10年年を重ねていたら、もっと違う考えが
浮かんでいることでしょう。

私は、数々の失敗を重ねてきました。それに対して
諦める気持ちにはなれないのですね。
まだ、もう一花咲かせたいという気持ちが残っているのです。

悔いのない人生にしたいと考えています。そのためには、
なにかを成し遂げたい。そういう気持ちでいます。

欲望を抑えるのは難しいです。まだまだ私は未熟者であり、
成功をしたい。そんなことを考えている自分を愚かだと
思う時があります。

生き甲斐が欲しいと思います。まだまだ私は、無為自然には
生きれないようであります。

コメントありがとうございました。

「生き甲斐」とは何ぞや?

難しいですね。
理想的なのは?他人の為に成るような事をして喜んでもらい社会に貢献する事なのでしょうか?
でも、私はまず自分の為に事を成し、自分や家族が安定してから他人の為に誠心誠意を尽くす事なのかなと思います。
ちょっと違うかな?

RE:ブーちゃんさんへ

ブーちゃんさん、おはようございます。

そうですね。理想的にはそうかと思います。
でも今の私には、自分だけの生き甲斐でもいいと思っています。

おっしゃるように、まずは自分が安定しないといけませんよね。
そして自分が安定してきたら、他人様のことを考える。
そうしていきたいなと思っています。

コメントありがとうございました。

生き甲斐

こんにちわ。

生き甲斐ですかぁ。
難しい問題ですね。生き甲斐があれば毎日の生活も充実して
幸せに暮らせるのではないでしょうか。
自分は残念ながら生き甲斐はありません。探してはいますが…
うつ病になる前は仕事が生き甲斐だった時期もありましたが(笑)
生き甲斐探ししないとですね。

No title

こんばんは。
今更のコメントになってしまいますが、多分うめぞーさんの思われている「生き甲斐」とは、自分が行っている行為が知らないうちに他の人に幸せ、楽しさを与えている。
それに気づいた時に感じる感情そのものなのでしょうね。
日常的に行っていること、例えば散歩中に目についたゴミを拾っていると、知らない人に「ありがとう」と言われた時、自分のやっていることで喜んでくれている人が居る。
そう思った時、いままでの日常的な行いが「生き甲斐」になるのかもしれません。
そう考えると、うめぞーさんが書き込んでいるブログを見て癒されてる人が居る。
そう考えるのもいいのではないでしょうか。

RE:kaionさんへ

kaionさん、こんにちは。

生き甲斐。これがあると、毎日が充実したものになりますよね。
でも、なかなか年齢を重ねると、生き甲斐って見つからない
ものです。

私も40歳までは仕事が生き甲斐でした。
でも、それではいけないのでしょうね。

コメントありがとうございました。

RE:おっさんさんへ

おっさんさん、こんにちは。

理想からすれば、自分がやっていることが誰かの、そして
何かの役に立っているのがいいと思っています。
しかし、なかなか理想には近づかないものです。

自分が楽しめる生き甲斐でもいいと思っています。
そのことが役に立っているなら、良いことですよね。

ブログはどうなんでしょう。楽しみに見ていただいている方が
おられるのか。よくわからないところであります。
でも、誰かの役に立つことを書いていきたいとは思っています。

コメントありがとうございました。
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